はじまりここから

下手の横好きではじめたエッセイ風のブログです。平凡な日々の中で感じたことを少しだけエモく綴っています。ジャンルはニュースや音楽など。

挨拶ができないクソヤロー!

f:id:aki800:20211018055402j:plain

週末はだいたい近所の山にジョギングへと出かける。山を走ると聞いてスゲェと思われる人もいるかもしれないが、畑に続く舗装された農道を走るだけで、ご近所の年寄りの間では定番のハイキングコースになっている。勾配がきつい坂は歩かない程度にゆっくり走り、朝日を浴びながら1時間ほど汗を流す。稀に鹿や蛇が出てきてビビることもあるが、僕にとってはお気に入りのルートだ。

一人の青年

山の入り口から10分ぐらい走れば、街並みを見下ろせるぐらいの高さには到達する。先日もいつものように走っていると、少し小高くなったカーブの先に人影が見えた。つばのある帽子に、小さめのリュックを背負った青年が一人。道路脇で地べたにあぐらをかき、眼下に広がる景色を眺めていた。おそらく成人しているが、年齢よりも幼い少年のように見える。知的障害者という呼び方が適切かはわからないが、雰囲気から彼がいわゆる健常者でないことはすぐに気付いた。

彼は朝早くにそこで何を思っていたのだろう。遠くを眺める姿が妙に周りの自然に馴染んでいて、彼からは優しく、穏やかな印象を受けた。きっと純朴な男に違いない。そう感じて目線を逸らした。

できない挨拶

ちゃんと挨拶をしましょう。僕等は物心がつく頃から挨拶の仕方について教わってきた。最初は親に教わり、学校に行って先生に教わる。社会に出るときも同じように教わり、40歳を過ぎてもなお、挨拶の大切さを学びなおすことがある。

挨拶は他人とのコミュニケーションにおいて基本中の基本であり、社会生活を送る上でとりわけ重要なものである。だが、裏を返せばちゃんと挨拶ができる大人は意外にも少ない。親しい人や利害関係にある人に対してはちゃんと挨拶ができるのに、苦手な人や見ず知らずの人に対してはなかなか挨拶ができない。

僕も同じだ。人見知りではないとは言え、誰にでも気軽に挨拶ができるほど社交的な人間ではない。しかし、山で走るときだけは少し違っていて、たとえ見ず知らずの人であってもちゃんと挨拶を交わしている。すれ違う人の中に自ら声を掛けてくれる人が多いせいなのか、それとも山にいる環境がそうさせるのか、自分でも明確な理由はわからないが、なぜか恥ずかしげもなく挨拶ができるのである。

それなのに、先程の彼を見たときに僕は挨拶を躊躇してしまった。

最低な男

ほんの一瞬、こんな風に考えたんだと思う。

僕が挨拶をしても、彼はちゃんと挨拶を返してくれるだろうか。

知らない大人から突然声を掛けられたら、ビックリしてしまわないだろうか。

声を掛けた後、面倒な絡まれ方をしないだろうか。

障害を持っているだけで人を偏見で見てはならない。わかっている。いや、わかっているつもりだった。でも、実際に僕はわかっていなかった。情けないけど、僕が彼を偏見の目で見たことは紛れもない事実。そんな最低な思考を巡らせている僕より先にアクションを起こしたのは彼の方だった。

彼は僕の存在に気付くと、スッと立ち上がり、僕の方を向いて「おはようございます」とお辞儀をした。不意をつかれ、慌てて彼に「おはようございます」と返す。

でも、立て続けに「ご苦労様です。お気をつけて」と声を掛けられ、僕は言葉を返すことができない。笑顔を作り、無言でその場を通り過ぎるしかなかった。

恐らく、彼が他人とコミュニケーションを取りやすいように、ご両親やまわりにいる人たちが彼に正しい挨拶の仕方を丁寧に教えてくれたのだろう。彼もまたその想いに応えて、忠実にそれを守っている。

僕は自分よりもずっと立派な挨拶ができる彼を下に見ようとしていた。駄目だとわかっていても、彼のような人たちを見て反射的に同情しようとする自分がいた。

f:id:aki800:20211021055125j:plain

本当に賢いのは誰

彼のすぐ後に子連れの親子と老人の2組にすれ違った。僕はいつものように挨拶をして、素っ気ない「おはようございます」が返ってくる。青年の気持ちの良い挨拶とはずいぶん違っていた。

僕は彼よりも多くのことを学んでいる。彼より知識があるだろうし、難しい計算もできる。

でも、人して賢いのはどちらなのだろう。打算的に人を選んで挨拶をしようとする僕と、誰にでも分け隔てなく挨拶ができる彼。人してあるべき姿はどちらなのだろうか。

わかったのは、僕が最低のクソヤローだったということだ。これからはすれ違う人全員に自分から挨拶をしようと思う。間違った偏見を持たず、誰にでも分け隔てなく。僕は青年から挨拶の大切さについて教わった。

 

正月に山で撮った初日の出の写真。子どもにも彼のようにちゃんと挨拶ができるようになってもらいたい。

f:id:aki800:20210102065208j:plain

 

おわり