スーパースターがピッチで天を仰いだ日の記憶
今週のお題「好きなスポーツ」。
数少ない自分のスポーツ観戦歴の中でひときわ強く記憶に残った試合がある。
ありがちな感動や歓喜した試合の記憶ではなく、むしろ儚さや寂しさを感じさせられた試合の記憶。
2006年にドイツで開催されたワールドカップ・グループリーグの最終戦。日本代表はブラジル代表に1ー4で敗れた。
その試合終了後、センターサークルで仰向けに倒れ込む選手がいた。中田英寿。
絶対的エースとしてチームの中心にいた選手である。
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当時は日本で最も有名なスポーツ選手の一人だったであろう。
1998年、イタリア。セリエA・ペルージャでの鮮烈なデビューと、その後に移籍したASローマやパルマといった名門クラブでの活躍。
初のワールドカップ出場を果たし、少しづつ高まっていた日本人のサッカー熱は、彼が海外クラブで輝かしい功績を上げることにより、更に熱い熱を帯びていったように思える。79年組とも呼ばれる黄金世代と同じ歳だった僕のまわりでは、とりわけ大きな盛り上がりを見せていた。
バイト帰りにコンビニでサッカー雑誌を立ち読み、家に帰れば深夜のサッカー番組をつける。暇さえあれば実名が入ったサッカーゲームで友人達と遊んだ。
雑誌の『 WORLD SOCCER DIGEST』、プレステの『ウイニングイレブン』、フジテレビの『セリエAダイジェスト』。
この記事を読んでくれている人の中にも知っている方はいるんじゃないだろうか。素人の僕でもサッカーが生活に溶け込んでいる時代だった。
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閑話休題。
中田がセンターサークルに倒れ込んだまま動こうとしない様子にすぐに違和感を覚えたが、理由は色々と想像できた。
試合に敗れ、グループリーグ敗退が確定したこと。近づいたかのように見えた世界との距離が実はまだ遠かったという現実を突き付けられたこと。
しかし、それだけでは理由が足りないようにも感じていた。放心状態のまま天を仰ぐ姿が気にならずにはいられなかった。
結果として、この試合は中田英寿が現役サッカー選手としてプレイした最後の試合となった。中田がワールドカップを以って現役を引退することを発表したのは試合から10日が過ぎた日のこと。かねてから意志は固まっていたようであったが、試合の放映中は世間にまだ公表されていなかった。
引退を決めた中田の年齢は29歳。選手としてピークは過ぎていたのかもしれないが、現役を継続するに問題はないはずだった。
自分に厳しい彼は自身のプレーがプロとして許せなくなったのかもしれない。多才な彼には次にやるべきことができてしまったからかもしれない。
どんな理由があるにせよ、あまりに早すぎる彼の決断に、ファンはもちろんのこと、同じサッカー選手たちからも引退を惜しむコメントがたくさん寄せられていた。
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現役引退というのはスポーツ選手特有のものである。スポーツをひとつの職業と捉えれば単なる転職に過ぎないかもしれないが、プロスポーツ選手の多くは、引退するまでの人生の大半をそのスポーツに捧ぐ。幼少の頃から人生を捧げるぐらいの努力がなくして、プロで活躍することは難しい。
そう考えるとスポーツ選手が現役を引退して次に進もうとする行為は、まさに"第二の人生を歩む"という表現が相応しい。
中田の引退試合から与えられたものは歓喜や感動でははなく、儚さや寂しさのような感情だった。
それでも今も記憶に強く残っているのは、スーパースターが第一の人生の最後を賭けて戦ったことの重みを感じ取ったからかもしれない。
オリンピック然り。一流選手の活躍を見たいと思うのは、単にスポーツとしての面白みだけではなく、そこに人生を賭けて戦う選手の姿があるからなのかもしれない。
そんな風に思うのは僕だけだろうか。
おわり
※記憶違いや認識違いがありましたら、悪しからず。