野良猫に餌をやるおばあさんと口論になった記憶
今週のお題「爆発」。
つい怒りが爆破してしまい、後味の悪かった日の記憶。
犯罪者のセリフです
動物の日記や記事はブログの人気ジャンルの一つだ。僕が読者登録しているブロガーさんの中にも可愛いペットたちを紹介している人はたくさんいる。いや、"ペット"と呼ぶのは失礼で、"家族"と書いた方が正しいかもしれない。
可愛い動物たちは見ているだけで癒されてしまう。ブログに限らず、ツイッターやYouTubeでも人気が高いのも納得できる。
我が家でも犬好きの妻がいて、しばしば犬を飼いたいと言い出す。
「ねぇ、犬、飼いたいよね?」
あわよくば、子どもたちを仲間に引き入れようするから困ってしまう。
しかし、そこは心を鬼にして断固却下する。僕も実家に住んでいた頃は犬を飼っていた。犬が可愛いのは知っているし、飼いたい気持ちもわかる。でも、ダメなのだ。
ペットを飼うのに適した環境とどんな時も可愛いがってあげる覚悟が、我が家にはまだ足りない。
極端な例えになるが、日本動物愛護協会が制作したACジャパンのCM「犯罪者のセリフ」を知っているだろうか。話題になったCMなので知っている人は多いかもしれない。
可愛い飼い犬を捨てようとしている親子。小さな娘の隣で「親切な人に見つけてもらってね」と母親が涙ながらに呟く。その瞬間、「優しそうに聞こえても、これは、犯罪者のセリフです」と流れるナレーションには一瞬ドキッとしてしまう。
そして、身勝手な都合で動物を捨てる人間は身近にもいる。
猫と老婆
今の家で暮らす前は戸建ての借家に住んでいた。隣は月極の駐車場だったが、その駐車場には自転車で毎日やって来るおばあさんがいた。野良猫にエサを与えるためだ。
おかげで家の周りには野良猫がたくさん住み着いていた。鳴き声はどうと言うこともなかったのだが、問題は家の敷地にされる糞だった。たまに嘔吐したようなものまでも…。
猫の糞は匂いがキツい。特に厄介だったのが、砂利の上にされる糞。めちゃくちゃ取りにくい。糞を小石と一緒に燃えるゴミに捨てるわけにはいかないのだから。
糞をされないために悪戦苦闘する日々。水を詰めたペットボトルを並べたり、猫が嫌う忌避剤を撒いたり。それでは効果がないから、一万円を出して超音波発生機を試した。でも全然ダメ(トホホ)。
そのうち、だんだん腹が立ってくる。これはもう元を達つしかないと思って、ある日、おばあさんが来るのを待ち構えた。
「おばあさん、ここで餌をあげるのはやめてくれない」
「いやよ、可哀想じゃない」
「ここは他人の土地だよ。可愛そうなら家に連れて帰るか、余所でやってくれよ」
「頼むよ、お願いだから見逃して」
「おばあさんは餌をあげたら終わり。こっちは糞の後始末をさせられてんの!」
「じゃあ、わたしが取りにくるから」
「いやいや、赤の他人に勝手に敷地に入られるのは困る」
話はずっと平行線。結局、おばあさんはその後も僕に隠れるようにしてエサを与え続けた。しばらくして引っ越したので、今はどうなったかわからない。けれども、引っ越す間際に駐車場を管理している不動産屋が張り紙をしていた。
おばあさんの気持ちが理解できなかったわけじゃない。おばあさんの家の中はこれ以上連れて帰れないぐらいの猫で溢れ返っていたんだろう。なんとなく想像はついた。
一番悪いのはペットを捨てる人間で、おばあさんの行為が人として間違っているとは思わない。
けれども、助ける人がいれば、そこに甘える人は現れる。野良猫も去勢された猫ばかりならいいが、そんなこともない。家と家の僅かな隙間。手入れされていない草むらで子猫が生まれた。悲しい連鎖は続いていく。
ペットを飼う条件
話を元に戻そう。"ペットを飼うのに適した環境とどんな時も可愛いがってあげる覚悟が、我が家にはまだ足りない"とはどういうことか。理由はいくつかある。
一つ目はまだ新築と呼べる家の中を傷つけられたくない。犬に家の中を少しも傷つけるなどと怒りたくはないが、絶対に怒りたくなる。傲慢な飼い主にはなりたくない。
二つ目は泊りの旅行のときにどうするのか。犬を連れて行くとなれば泊まれる宿は限られてしまう。ペットホテルに預けるにしてもお金は掛かる。家族の一員として、足枷に感じないと自信を持って言えるだろうか。
三つ目は誰が散歩に毎日連れて行くか、だ。自分の経験上、遊びたいざかりの子どもが犬を散歩に連れていくのはなかなか面倒である。飼いたいと願う妻と子どもだけで毎日散歩に連れていってあげられるだろうか。
ペットは可愛いという衝動的な気持ちだけで飼ってはいけない。しっかり可愛がってあげられる環境と覚悟を持って飼うべきだ。今の我が家にはまだそれが足りない。
そんなわけで、犬を飼うのはもう少し待とうと思う。でも、子どもたちが自立して家を出てしまったら、そのときは犬を飼ってわが子のように可愛いがってみたい。きっとそんな風に思うのだろう。
おわり